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1羽

(累計:729羽)
2108年には、アシカショーもだいぶ変わりました。

時代を経て、ショーと呼ばれる類のものは総じて、観て楽しむ受動的な内容から、参加して楽しむ体験型の娯楽に変遷しましたが、アシカショーはまさにその典型でしょう。

アシカを「観る」のではなく、アシカに「なる」。
それが、現代のアシカショーです。

どうやってアシカに「なる」のかというと、脳に電流(?)みたいなものを流して、脳の一部を麻痺させたり、別の部位を発達させたりして、自分の脳をアシカの脳にしてしまうのです。(そのため、水族館や動物園ではなく、病院のような施設でアシカショーは行われます。)

そうやって脳を改造してアシカになった人たちが、オウオウ鳴いたり、魚をキャッチしたり、逆立ちしたりして、実際にアシカを体験します。昔の人が言った「経験をあざやかにする4E領域」における、Escapist(脱日常)に相当する種類のサービスだといえるでしょう。

ただし、このアシカショーでは、既に何件かの事故が確認されています。それは、アシカになるはずだった人が、失敗してオットセイになってしまうという事故です。しかもオットセイになってしまった場合は、もう二度と人間には戻れないんだとか。

実は去年の夏、私の夫もアシカショーに行ったのですが、失敗してオットセイになってしまいました。

夫がオットセイだなんて。ほんと、嫌になっちゃうよね!
「こいぬ」 は犬の子で、 「こねこ」 は猫の子で、
「こぐま」 は熊の子で、 「こじか」 は鹿の子です。

それじゃあ、 「こども」 は何の子でしょうか?

それはもちろん、モグラの子です!



1羽

(累計:728羽)
「なんかいつもと違うって、思わない?」
夜、自宅でテレビを見ながら食事をしていると妻が私にそう訊ねた。
「なんだろう。」
妻の顔をしばらく見て、
「髪、切ったとか?」
全然変化は認められないけど適当に言ってみる。
「ちがーう。」
不満そうな表情をする妻。
「うーん。なんだろう。」
本当にわからない。

「わかんないかなー。あのね、お米、変えてみたの。」
「お米?」
そういえば、いつもより、少し柔らかいような。
改めてひと口、食べてみる。
「うん。言われてみれば、違うね。」
「でしょー。」
「銘柄は?」
「リアル米。」

「りあるまい?」
はじめて耳にする銘柄だった。
「知らないの?今流行ってるんだよ。予約して、今日やっと買えたの。」
妻は二杯目のごはんを私の茶碗によそる。
「現実世界から持ち込んだお米。だからリアル米っていうんだって。」
にわかには信じられないような話だ。
いったいどうやって現実世界から米を持ち込むというのだろう。
わたしは、二杯目のごはんを、今度は注意深く味わってみる。
そういえば、なんだか味にリアリティがあるような気がする。
「うーん。言われてみれば、確かにリアルな味だ。」
「でしょー。明太子と、すごく合うんだから。」
「うんうん。卵をかけても旨いかもなあ。」
結局その日、わたしはご飯を三杯も食べた。妻も珍しくおかわりをした。

次の日の朝。

テレビで謝罪会見をやっていた。
マスコミの前で、うつむき加減に謝罪の弁を述べていたのは、なんと、リアル米の販売元であった。なんでもこの業者、ただのヴァーチャル米を、リアル米と偽り販売していたのだそうだ。

「なあんだ。ただのヴァーチャル米だったのかー。」
妻はヴァーチャルパンにヴァーチャルバターを塗りながら言った。
「そりゃあそうだよ。現実世界の食材を持ち込めるわけないんだ。」
鏡の前にたってネクタイを結びながらわたしがそう言うと、
「昨日、リアルな味がする!って言ったじゃない。リアルな顔で。」
そう言ってヴァーチャル妻は笑った。
そういえば、そうだった。実際、いいかげんなものだ。

でも、ヴァーチャル空間で生まれて、ヴァーチャル空間で育ったわたしにとってのリアルとは、イコールヴァーチャルのことだ。リアル米と偽ったヴァーチャル米は、わたしや妻にとっては、やっぱりリアル米なのだ。

「それじゃあ、そろそろ、行くよ。」
支度を済ませたわたしは、ヴァーチャル犬のヴァーチャル頭をなでてやり、ヴァーチャル妻にかるくヴァーチャル手を振って、ヴァーチャル家を出た。

今日も、ヴァーチャル空は青い。
ある日、街で金を拾った。そのあと、森でも金を拾った。
そして川でも、山でも、沼でも金を拾った。

次の日、街で金を落とした。そのあと、森でも金を落とした。
そして川でも、山でも、沼でも金を落とした。

その次の日、街で金を拾った。そのあと、森でも金を拾った。
そして川でも、山でも、沼でも金を拾った。

次の日、街で金を落とした。そのあと、森でも金を落とした。
そして川でも、山でも、沼でも金を落とした。

その次の日、街で金を拾った。そのあと、森でも金を拾った。
そして川でも、山でも、沼でも金を拾った。

そしてその次の日に新政府が誕生し資本主義が終わり人類はついに貨幣を手放した。2080年のことだった。もちろん俺も、金を捨てた。

でも次の日また拾った。(でもまた捨てたけどまた拾った。)

ミサワが赤塚賞 準入選。すごい!


犬と猫の合計数というのはもともと決まっていて、常に変わりませんが、そのうちの何匹が犬で、何匹が猫かという比率は、その時々で異なります。「犬:猫」の比率が、「4:6」のときもあれば、「3:7」 のときもあります。

その比率はそのまま、人間の集合意識の状態を表わすバロメーターになっています。人類が全体としてアグレッシブになっている時は犬の数が増えますし、保守的な傾向が強まると猫の数が増えます。

第二次世界大戦中などは犬の数が一気に増えて、犬と猫の割合が「10:0」になったといいますし、また、9.11以降現在に至るまで、猫の比率が増加傾向にあるのは、近所に野良犬の姿をあまり見かけなくなったことからも、明白でしょう。

どちらにしてもバランスが大切で、どちらか一方に極端に偏ってしまうのは良くない傾向だと思います。犬と猫は「5:5」、狸と狐も「5:5」、めがねとコンタクトレンズも「5:5」の状態が望ましいのではないでしょうか。
3308年。わたしひとりを残し、人類は滅びました。なぜ滅びたのか、理由はわかりません。人類滅亡とともにあらゆる過去のデータは消失してしまいましたし、私自身もショックのためか記憶を失ってしまったからです。ただひとつだけ、奇跡的に消失をまぬがれたデータがありました。それは、人類文明がまだこの宇宙に存在していた頃の記録を残す、唯一のデータでした。それは "歌" のデータでした。その歌は、こんな歌でした。

「 きのこの山のその奥に、たけのこの里があったとさ 」

わたしはこの "歌" を手がかりに、人類滅亡前の世界がどういう世界であったのかということを解明しようと試みました。歌によれば、滅亡前の宇宙空間には、どうやら、きのこの山という山が存在していた。そしてその奥には、たけのこの里という里が存在していた。それは確かなようでした。でも、本当にそれだけだったのでしょうか。宇宙空間には本当にその2つしか存在していなかったのでしょうか。私は、"歌" には "続き" があるのではないかと考えました。たとえばこんな "続き" が。

「 きのこの山のその奥に、たけのこの里があったとさ
たけのこの里のその奥に、ザリガニの国があったとさ 」

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3368年。"歌" の研究をはじめてから60年くらいたちました。その間、何度も何度も、孤独の寂しさに泣きそうになりましたが、ガマンしました。歌の続きさえ分かれば、人類滅亡前の宇宙がどんなだったかが分かる。そしてそれさえ分かれば、あとは、それと全く同じ宇宙を造れば良いだけだからです。そうやって自分を励ましながら頑張って、そしてついに、歌が完成しました。それはこんな歌でした。

「 きのこの山のその奥に、たけのこの里があったとさ
たけのこの里のその奥に、ザリガニの国があったとさ

ザリガニの国のその奥に、消しゴムの寺があったとさ
消しゴムの寺のその奥に、ぬるぬるの丘があったとさ

ぬるぬるの丘のその奥に、抽象的な場所があったとさ
抽象的な場所のその奥に、五次元空間あったとさ

五次元空間のその奥に、お金がいっぱい落ちていた
お金が落ちてたその奥に、おいしいごはんが待っていた 」

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こうして、わたしは歌を完成させることができました。それと同時に、人類滅亡前の宇宙の姿を完全に知ることができました。わたしは、その歌のとおりに、世界を再構築しました。
午後12時。3体のモノリスが画面に映し出される。
モノリスの背後の、水平方向に伸びる直線は、この星の地平線である。

灰色の大地と、無数の星が浮かぶ空と、3体のモノリス。その映像が十数秒無音で流れた後、カメラは、真ん中のモノリスの斜め上方向の空に向かってズームインを開始する。その先には地球がある。

最初は豆粒ほどに見えた青い星が、高速ズームによって徐々に大きくなっていき、やがて画面いっぱいに北半球が広がる。ユーラシア大陸の真ん中あたりに向かって、さらにカメラが寄ると、雪で覆われた白い山々と、茶褐色の大地が見えてくる。

チベット、ラサから東方500キロほどの地点。空の青を水面に映す大きな湖が見える。牧草地の草を食むヤクの姿も見える。そして、湖のほとりに一本、巨大な柏の木が生えているのが見える。この柏の木が、タモリである。

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「笑っていいとも!」は、1982年から現在まで、300年以上にわたり放送され続けてきた超長寿番組だ。

タモリの死後、一度だけ番組打ち切りの案が出されたことがあった。だが「笑っていいとも!」はその頃には既に、日本人の精神の根幹にまで深く入り込んでおり、タモリは日本人にとっての魂の原像ともいえる存在になっていた。そのため番組を終わらせることは、日本人のアイデンティティの喪失、ひいては国力の衰退に繋がると危惧され、番組は継続された。

タモリの代替として、最初にステージに立ったのは、タモリのそっくりさんであった。しかし、姿形やしゃべり方がどれだけ似ていても、国民は納得しなかった。感性や思考のパターンが本物のタモリとはかけ離れていたからだ。

そこでそれ以降は、アンドロイドが投入された。過去のタモリの発言や、ふとしたしぐさに至る、あらゆるデータをもとに、何度も再設計、バージョンアップがなされ、最終的には、見た目は当然のことながら、本物のタモリがもし生きていたらきっとするであろう挙動や言動を実現できるまでに完成度を高めた。新しいギャグも生まれた。

それでも、昼の茶の間にタモリが戻ってきた実感を得ることはどうしてもできなかった。
クオリアの不在が要因だと言う学者もいれば、サングラスの赤外線遮断比率に問題があると言うブロガーもいた。だが結局、そのラストワンマイルを解決することは、当時の人類には不可能であった。

そうして日本人は、決して埋め合わせることのできない喪失感を抱えたまま、長い年月を送ることになる。

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月日は流れ、2250年。
その頃には、人類は、テラフォーミングされた様々な惑星に移住して暮らしていた。
その惑星で生まれ、その惑星で育ち、地球を一度も訪れたことがないという日本人の血を継ぐ若者も多かった。国籍はもはや形骸化された概念に過ぎなかったが、それでも正午になれば、彼らは皆いっせいにチャンネルを8に合わせ、「笑っていいとも!」を見るのだった。それは、自らの心にぽっかりと空いた穴を、わずかばかりでも癒さんと試行する悲しい習慣であった。

そんなある日、イギリス出身の著名なスピリチュアリストが、驚くべき発表をした。チベットの三大聖湖のひとつパソンツォのほとりの神木に、タモリの魂が宿っているというのだ。半信半疑ながら現地を訪れた、テラ・フジテレビスタッフと、笑福亭プロクシマは、その柏の木を前にして、泣き崩れた。その存在感は、まさにタモリそのものだったのだ。

テラ・フジテレビはその後拠点をチベットに移し、パソンツォ湖から「笑っていいとも!」を放送した。たまたま同時期に別の惑星で発見された、いいとも青年隊の精神性を複製したという3体のモノリスの映像ではじまり、次いでチベットの柏の木のタモリが登場するという構成だった。はじめてタモリが画面に映し出されたその日、すべての日本人の血を継ぐ者達は涙した。ずっと前に失ってしまった大切な何かを取り戻した歴史的瞬間であった。

当然、物質としては一本の柏の木に過ぎないタモリは番組中ひとことも話さないが、それでも一向にかまわなかった。日本人はそこにタモリの姿を見出し、自らのアイデンティティのルーツを感じ取った。結局、我々日本人がずっと見続けていたのは、タモリの発言やギャグだったのではなく、タモリというひとつの「魂の形」であったということなのだろう。

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それからさらに五十数年たつ。

わたしは、太陽系外惑星グリーゼ581cから、グリーゼ581dへ向かうシャトルのシートに体をうずめ眠っていたところを、客室乗務員の女の子に起こされた。午後12時になったのだ。わたしはチャンネルを8に合わせた。

3体のモノリスが画面に映し出される。それから地球、ユーラシア大陸、チベット、パソンツォ湖とズームして、湖のほとりの柏の木を真上からとらえた映像が流れたところで画面は切り替わる。今度は正面からのカット。柏の木が風に静かに揺れている。

テレホンショッキングがはじまる。柏の木の根元には、一人の青年。今日のゲストである彼は、私のクローンだ。