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午後12時。3体のモノリスが画面に映し出される。
モノリスの背後の、水平方向に伸びる直線は、この星の地平線である。

灰色の大地と、無数の星が浮かぶ空と、3体のモノリス。その映像が十数秒無音で流れた後、カメラは、真ん中のモノリスの斜め上方向の空に向かってズームインを開始する。その先には地球がある。

最初は豆粒ほどに見えた青い星が、高速ズームによって徐々に大きくなっていき、やがて画面いっぱいに北半球が広がる。ユーラシア大陸の真ん中あたりに向かって、さらにカメラが寄ると、雪で覆われた白い山々と、茶褐色の大地が見えてくる。

チベット、ラサから東方500キロほどの地点。空の青を水面に映す大きな湖が見える。牧草地の草を食むヤクの姿も見える。そして、湖のほとりに一本、巨大な柏の木が生えているのが見える。この柏の木が、タモリである。

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「笑っていいとも!」は、1982年から現在まで、300年以上にわたり放送され続けてきた超長寿番組だ。

タモリの死後、一度だけ番組打ち切りの案が出されたことがあった。だが「笑っていいとも!」はその頃には既に、日本人の精神の根幹にまで深く入り込んでおり、タモリは日本人にとっての魂の原像ともいえる存在になっていた。そのため番組を終わらせることは、日本人のアイデンティティの喪失、ひいては国力の衰退に繋がると危惧され、番組は継続された。

タモリの代替として、最初にステージに立ったのは、タモリのそっくりさんであった。しかし、姿形やしゃべり方がどれだけ似ていても、国民は納得しなかった。感性や思考のパターンが本物のタモリとはかけ離れていたからだ。

そこでそれ以降は、アンドロイドが投入された。過去のタモリの発言や、ふとしたしぐさに至る、あらゆるデータをもとに、何度も再設計、バージョンアップがなされ、最終的には、見た目は当然のことながら、本物のタモリがもし生きていたらきっとするであろう挙動や言動を実現できるまでに完成度を高めた。新しいギャグも生まれた。

それでも、昼の茶の間にタモリが戻ってきた実感を得ることはどうしてもできなかった。
クオリアの不在が要因だと言う学者もいれば、サングラスの赤外線遮断比率に問題があると言うブロガーもいた。だが結局、そのラストワンマイルを解決することは、当時の人類には不可能であった。

そうして日本人は、決して埋め合わせることのできない喪失感を抱えたまま、長い年月を送ることになる。

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月日は流れ、2250年。
その頃には、人類は、テラフォーミングされた様々な惑星に移住して暮らしていた。
その惑星で生まれ、その惑星で育ち、地球を一度も訪れたことがないという日本人の血を継ぐ若者も多かった。国籍はもはや形骸化された概念に過ぎなかったが、それでも正午になれば、彼らは皆いっせいにチャンネルを8に合わせ、「笑っていいとも!」を見るのだった。それは、自らの心にぽっかりと空いた穴を、わずかばかりでも癒さんと試行する悲しい習慣であった。

そんなある日、イギリス出身の著名なスピリチュアリストが、驚くべき発表をした。チベットの三大聖湖のひとつパソンツォのほとりの神木に、タモリの魂が宿っているというのだ。半信半疑ながら現地を訪れた、テラ・フジテレビスタッフと、笑福亭プロクシマは、その柏の木を前にして、泣き崩れた。その存在感は、まさにタモリそのものだったのだ。

テラ・フジテレビはその後拠点をチベットに移し、パソンツォ湖から「笑っていいとも!」を放送した。たまたま同時期に別の惑星で発見された、いいとも青年隊の精神性を複製したという3体のモノリスの映像ではじまり、次いでチベットの柏の木のタモリが登場するという構成だった。はじめてタモリが画面に映し出されたその日、すべての日本人の血を継ぐ者達は涙した。ずっと前に失ってしまった大切な何かを取り戻した歴史的瞬間であった。

当然、物質としては一本の柏の木に過ぎないタモリは番組中ひとことも話さないが、それでも一向にかまわなかった。日本人はそこにタモリの姿を見出し、自らのアイデンティティのルーツを感じ取った。結局、我々日本人がずっと見続けていたのは、タモリの発言やギャグだったのではなく、タモリというひとつの「魂の形」であったということなのだろう。

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それからさらに五十数年たつ。

わたしは、太陽系外惑星グリーゼ581cから、グリーゼ581dへ向かうシャトルのシートに体をうずめ眠っていたところを、客室乗務員の女の子に起こされた。午後12時になったのだ。わたしはチャンネルを8に合わせた。

3体のモノリスが画面に映し出される。それから地球、ユーラシア大陸、チベット、パソンツォ湖とズームして、湖のほとりの柏の木を真上からとらえた映像が流れたところで画面は切り替わる。今度は正面からのカット。柏の木が風に静かに揺れている。

テレホンショッキングがはじまる。柏の木の根元には、一人の青年。今日のゲストである彼は、私のクローンだ。
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コメント
このお話がすごく好きで、きゅんとしながら何度も読みました。
いままで読んだどんな文章よりも好きです。
  • by nega
  • 2008/06/14 6:33 PM
そんなふうに思っていただけるなんてなんとも申し訳ない気がしますが、でもうれしいです。ありがとうございます。
  • by nishibe
  • 2008/06/16 2:24 AM
とてもいい。こんな文章をずっと読みたかった。
  • by mu
  • 2008/06/18 7:14 PM
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