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おじさんは海水から生まれた。何年か前の夏休みに、どういう化学反応なのか分からないけれど、偶然に、生まれたのだそうだ。

人が海の水から生まれるなんてちょっと信じがたいことだけれども、事実、生まれてしまったのだから、僕らはそういうこともまああるかってただ納得するしかない。

おじさんは、由比ヶ浜を臨む国道沿いに小さな店を構え、地元の人たちに酒と小料理を出して生計を立てている。おじさんの作る料理はどれもこれもしょっぱくて、はっきり言ってしまえば不味いのだが、そのしょっぱさと、おじさんが海水から生まれたこととの間に関連性があるのかどうかは誰にもわからない。

いちど、酔っぱらった客がそのことを指摘したことがあったが、何かむにゃむにゃと曖昧なことを言ってごまかした。あまり触れられたくない部分なのかもしれない。

そうかと思えば、たとえば、おじさんはよくお釣りを間違えることがあるのだけど、そういう時、文句つけてくる客に対しておじさんは、 「すいません。自分、海水から生まれたもんですから。」 と、聞いてもないのに自らの出生秘話を明かしつつ謝罪する。よくわからないのだ。

ただこれは、おじさんが憧れてる高倉健の、「自分、不器用ですから。」 を自分流にアレンジして自己陶酔的に言っているだけだという見方が地元では通説となっており、おじさんのアティテュードの誠実さを証明するエピソードでは決してない。

だいたい、お釣りを間違えた言い訳として、「自分、不器用ですから。」 なら通用することもあろうが、「自分、海水から生まれたもんですから。」では、言い訳にもなんにもならない。もしかしたら、お釣りを間違うことと、海水から生まれることとは、実は深いとこで因果関係で結ばれてるのかもしれないが、それが相手に伝わらなければ、結局は同じことだと思う。

ちなみにおじさんが、高倉健の次に好きな有名人は浅尾美和だという噂だが、それについても、おじさんが海水から生まれたこととの関連性は不明である。

結局、ぼくらはおじさんのことを何もわかってない。確固たる事実は、おじさんは海水から生まれた、ということだけで。
おじさんのことばかりじゃない。僕たちは何でも見知ったような顔をして、ほんとうのところはなんにも分かっちゃいないんだ。

おじさんは海水から生まれた。それだけが、この宇宙の唯一の真実として、ぽっかりと浮かんでいる。
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